「アオイはポケモンバトルが強い」という事実は、パルデアの人間、そしてここブルーベリー学園の人間なら誰もが知るところである。強さに加え、チャンピオンとしての重責をものともしない堂々とした立ち居振る舞いや、ポケモンバトルを心から楽しむ姿勢も相まって、数多のトレーナーたちから尊敬を集めている……のだが。
「うわーん! スグリ、スグリはいる〜!?」
「うおっ、何だべアオイ!?」
今、慌ただしく走りながらリーグ部の部室にやってきたのがチャンピオン・アオイ、その人である。その姿にはバトルのときに感じられるチャンピオンの威厳はなく、実際の齢より少し幼く見える女の子の姿をしていた。
「聞いて! 四天王を全員倒した子とバトルしてたんだけど、何だか相手がおかしかったの!」
「おかしかった?」
「相手のポケモン、リーフストームを打てば打つほどどんどんパワーアップしているような感じで、押し切られそうになっちゃったの! リーフストームって特攻が下がるんじゃないの!?」
アオイは天性の才能と人並みの努力で、あっという間にパルデア地方とブルベリーグのチャンピオンまで駆け上がってきた。人々を魅了する鮮やかなバトルは他の誰にも真似できない彼女の持ち味だったが、その一方でわざや特性、タイプへの理解が浅いままここまで突き進んできてしまったという一面があった。「タイプは複合になるとよく分からなくなっちゃうこともある」とは彼女の弁。
彼女から相談を受けたスグリはふむ、と考える。スグリは彼女とは対照的に、たゆみない努力によって一度ブルベリーグのチャンピオンまで上り詰めた経歴の持ち主だ。才能のアオイと努力のスグリ、この組み合わせはリーグ部の人間に言わせれば向かうところ敵なしの最強コンビだという。この学園でマルチバトルが主流じゃなくてよかった、と思っている者もいるとかいないとか。
「たぶん相手のポケモン、ジャローダかラランテスだったべ」
「そう、ジャローダ! よく分かったね!?」
興奮気味に身を乗り出すアオイに、スグリは距離がわや近ぇ、とどきどきしながら説明を始める。
「ジャローダの珍しい特性に『あまのじゃく』って言うのがあって、能力ランクを上げ下げするわざの効果が反対になるんだ」
「へぇ……つまりどういうこと?」
書いて見せた方が分かりやすいか、とかばんからルーズリーフを取り出すスグリ。こんなことをして変じゃないかな、という自意識を働かせつつも「ここにおいで」とアオイを隣の席に座らせ、解説を続ける。
「リーフストームは、本来であれば撃った後に特攻が必ず2段階下がるわざだな?」
「うん、それは知ってるよ」
ルーズリーフに「C↓↓」と書きながらスグリは話を続ける。
「ただ特性が『あまのじゃく』だと能力の上下が反対方向になるから、今回の場合は特攻が2段階上がってしまったんだな。……これで分かったけ?」
「C↑↑」と書いた手を止めて、アオイに問いかける。アオイは「わかった!」とでも言いたげな屈託のない笑顔でスグリを見つめていた。
「なるほど〜、だから打てば打つほど特攻が上がって強くなっちゃった、ってことだね」
「んだ」
「ありがとう! さっすがスグリだね!」
きらきらしたまっすぐな瞳に射抜かれたスグリは、恥ずかしそうにアオイから目を逸らした。それに気付いているのかいないのか、アオイは高まったテンションのままスグリの手を取り、ぶんぶんと振り回す。小さくこぼれたわやじゃ、という声は、アオイの耳には届いていないようだった。
「やっぱりスグリはすごいよ、私が知らないポケモンのことを何でも知ってる!」
「アオイ、手! 他の部員が見てるべ……」
アオイと思わぬ形で触れ合った驚きや興奮と、想像以上に大きな声が出てしまった恥ずかしさとでカジッチュのように顔を赤らめるスグリ。驚いたアオイはパッと手を離す。
「あっ、ごめんね! 嬉しくて思わず!」
てへへ、と屈託のない顔で笑うアオイの姿を認めたスグリはそっぽを向いて頬杖をつく。
スグリが持つ、思春期特有の過剰な自意識も、いつの間にかはち切れんばかりに大きくなった恋心も、アオイはすべてひらりと躱してしまう。それはポケモンバトルと同じく天賦の才によるものなのかもしれないけれど、それならばこちらだって持ち前の努力でアオイを手にしてみせる、とスグリは心に誓う。
ただ、今はまだ正面から向き合うのが気恥ずかしい。もう少しだけ「あまのじゃく」な俺でいさせて、とスグリは祈るような気持ちで、手元のペンをくるくると回した。