カーテンの隙間から射し込む一筋の陽の光で、意識が徐々に覚醒する。アオイは自分より少しだけ体温が高い少年のぬくもりに包まれながら、ゆるやかにまぶたを開いた。いつもより低い枕に、ベッドではなくフトンという寝具に横たわっている状況を理解して、キタカミの里のスグリの家に泊まらせてもらっていたことを思い出す。里に遊びに行ったとき、いつもは公民館で夜を過ごすのだが、今回は「アオイともっと一緒にいたい」というスグリの言葉にほだされ、彼の家にお世話になることにしたのだった。いや、「ほだされ」という表現は違うかもしれない。アオイの心は、初めてスグリに出会ったときからとっくに惹きつけられていたのだから。それはいつしか通じ合って、おそるおそる確かめ合って、今に至る。

 スグリとアオイがたまに一緒に寝ると、スグリが先に起きることがほとんどだった。そして目を覚ましたアオイに、優しさと慈しみを混ぜてじっくり煮詰めたような目で「おはよう、アオイ」と甘いトーンの言葉を降らせるのだが、今日は珍しくもアオイが先に目覚めたようだ。

 スグリを起こさないように気をつけながらそっと目元をこすり、間近にある愛しい人の顔を見つめる。年齢よりもやや幼く見える、あどけない寝顔。長いまつげは薄いまぶたを縁取り、かさついた厚めの唇はほんのりと開かれている。うぶ毛にしては少し濃い体毛があごの先にちらちらと見えて、どぎまぎする。スグリって、男の子なんだ。そんなことはとうに知っていたつもりだったけれど、ほんのわずかなこととはいえ性差を認識してしまって、胸の真ん中はとくとくとペースを早めた。今までに感じたことのない、不思議な――スグリに抱きすくめられているというのに、もっと近づいてしまいたくなるような――心地を覚えて、いま一度目をつむり、その身に感じるあたたかさだけに意識を向けようとする。

 こうして自分以外の体温を感じていると、きまって安眠できる。幼い頃はよくママに抱きしめてもらっていたし、旅をするようになってからも、手持ちのポケモンたちを抱きしめながら眠ることがある。大きいハブネークや、重いクレベースと寝るのはなかなか危ないのが残念だけれど。

 いま一緒にフトンの中にいるのは、赤ちゃんの頃から面倒を見てくれたママとも、長いこと共に旅をしてきた相棒のポケモンたちとも違う。まだ出会ってから、そう日も経っていないひと。だが、絆の深さは付き合いの長さで決まるものではないのだと彼が教えてくれた。もし、彼が自分と同じ心持ちでいてくれているのならば。ここまで穏やかな寝顔を晒して深く眠っているのは、それほどまでに私に心を許してくれている、と思っていいのかな。心のうちに広がる、あめ玉のような甘い愛しさを噛みしめて口元をゆるませていたら、スグリの腕がふたたびぎゅっと抱き寄せてきた。ちょっと驚きはしたものの、スグリが無意識のうちに私を求めてくれているようでうれしくなって、そのまま受け入れる。

 私も抱きしめかえしてみようかな。そんな考えが浮かぶも、身じろぎをしたら起こしてしまうかもしれない。でも、もっとスグリに触れたい。半分寝ぼけた頭を回転させた結果、色のよい髪を指先で梳くことに決めた。ひっかかりもせず、さらさらと流れていくのが心地良い。ずっとこうしていたい。そう思ってスグリの体温に身を預けていたら、またいつの間にかまどろみの中へ――。

 目を開けると、真っ先にアオイのきれいな寝顔が目に入った。アオイのぬくい手のひらは自分の頭に添えられていて、なんとも変わった寝相だな、なんて思う。だが、自分の寝相を客観的に認識してみれば、こちらの方がよっぽど変だ。なんでアオイとこんなに密着しているんだろう。一歩間違えば唇同士が触れてしまいそうなほどの、至近距離。うっかり事故が起こってしまわないように顔を下に向ければ、アオイの身体に自然と目が行く。パジャマの襟元から覗く肌は白く光っていて、腰はこのまま力をこめたら折れてしまいそうなほどに細い。それがたまらなくつやっぽく思えて、思わず唾を飲み込む。アオイって、女の子なんだ。そんなことはとうに知っていたつもりだったけれど、こうして女性らしい部分を改めて意識してしまうと、ほのかな興奮を覚えてくらくらする。しかし自分の中の理性が、こんなに安心しきって眠っているアオイに対して何を考えているんだ! と叱咤してきて、少しの冷静さを取り戻す。

 そのとき、アオイがもぞもぞと身じろぎして目を覚ました。一筋の光に照らされたぼんやりとした瞳に、ぽかんと開けられた唇。俺にしか見せないはずの、無防備な姿がたまらなくめんこい。

「おはよう、アオイ」

 よこしまな気持ちを覆い隠すように、やわらかく微笑んで言葉をかける。アオイは俺の気持ちなど知らないかのように、まんまるい目をしばたたかせた。

「おはよう、スグリ」

「ゼイユ、おはよう」

「おはよ。あんたたち、昨晩変なことしなかったでしょうね」

 リビングに降りた二人に、ゼイユが訝しげな視線を向けた。アオイはきょとんとした表情で聞き返す。

「変なこと、って? スグリと一緒に寝ただけだけど」

「その様子だと、本当にただ横になって寝ただけっぽいわね」

「ねーちゃん! アオイに余計なことさ言わんで!」

 ゼイユの言葉の意味するところを感じ取ってしまったスグリは、不機嫌になって大声を出す。ひとりだけ置いていかれたアオイは、「姉弟って言葉が少なくても通じ合えるんだね、すごいなぁ」なんてのんきに言ってのけ、次の瞬間にはもうキタカミ流の和朝食に目を輝かせていた。

 ゼイユとスグリは彼女に聞かれないように、ひそやかに言葉を交わした。

「……あんた、頑張んなさいよ」

「言われなくても」

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