ポケモンになりたい、と考えたことは何度もあった。
たとえばマホイップやニンフィアになれば、そのかわいさで周囲を癒やすことができるかもしれない。ガブリアスやカイリューになれば、その力で周囲のポケモンたちに勝利を収めて優越感を味わうことができるかもしれない。
そんな私にとって、シンクロマシンを使って遊ぶのは楽しくてたまらなかった。
けれど、ポケモンと本当に合体したいと思ったことは一度もない。
だから今、猫耳としっぽを生やした自分の姿をまじまじと見つめて、ただ呆然としている。
今朝はいつものように、ブルーベリー学園の寮の自室で目覚めた。なんとなくお尻のあたりがもぞもぞするような違和感があって手を伸ばしたら、そこにないはずのふわふわとした温かい何かがあった。そんなものをベッドに放り出して眠った記憶はなく、これは何だろう? と手でぎゅっと握ってみると、腕を強く掴まれたときのような痛みが走る。しかも、お尻のようでお尻でない――どこだかよく分からないような場所で。
なんだか得体の知れないことが自身の身に起こっているかもしれない、と訝しく思って、慌てて洗面所の鏡を覗く。すると、頭の上に、ぴょこんと白い猫耳が生えていた。おそるおそる触ってみれば、こちらもしっかり触られている感覚がある。身体を少し捻って鏡に背中が映るようにしてみれば、パジャマのズボンとパンツがずり下がった腰から、これまた白いしっぽが生えている。尻尾の先は毛束がギザギザに分かれていて、ニャビーを彷彿とさせた。
なんとなく思い立って耳やしっぽを動かそうとしてみれば、自分の意思で耳をぴくぴくさせたり、しっぽをぶんぶん振ることができてしまった。
「うにゃぁ?」
ん? 私は今、何て言った? 普通にしゃべろうとしただけなのに、なぜか口から出たのはニャビーのような鳴き声だった。試しに何度もしゃべってみるが、どうしても人の言葉を話すことができない。
私はまだ夢を見ているんだと思ったが、ここまでしっかりと自分の身体に起こっている異変をはっきりと異変として知覚してしまえば、これが現実なのだと受け入れるほかない。夢にしてはあまりにも感覚が明瞭すぎるから。
いつまでも鏡の前で言葉を失っていても埒があかないので、改めてベッドに座って冷静に状況を整理してみよう。座るときにしっぽを巻き込まないように注意しながら。
朝起きたら頭に白い猫耳が、腰に白いしっぽが生えていた。そして口からはニャビーのような鳴き声しか出ない。しかしこんなふうになる心当たりはない――と思ったが、ひとつあるとすれば、昨日初めて試してみたマジカル交換で、色違いのニャビーが送られてきたことだろうか。ニャビーの色違いは、本来であれば黒い部分が白くなっている。今私に生えている耳としっぽは、その子のものにそっくりなのだ。そう考えると、私はもしかしてニャビーと合体してしまったのではないか。
おそるおそるあの子が入っているはずのマスターボールを見てみれば、そこは空になっていた(そもそも、伝説や幻のポケモンではないニャビーをマスターボールに入れるなんてどういうことなんだろう)。一度ボールに入れてしまえばポケモンが脱走するなんてできないはずだし、ましてや必ずポケモンを捕まえるマスターボールだ。ボールの仕組みはよく分からないけれど、きっとがっちりポケモンを捕らえているに違いない。
知らないトレーナーとマッチングしてポケモンを交換できるなんておもしろそう、と興味を持ってマジカル交換に手を出したのはもしかしたら軽率だったのかもしれない。けれど、それでもポケモンと合体するなんて聞いたことがない。
何より、このままでは部屋から出ることができない。気が付けば1時間目の授業が始まる時間が目前に迫っている。今日は屋外授業だから、スグリと一緒にポケモンを捕まえる約束をしていたのに。
どうにかして元に戻る方法はないかと考えてみても、起きたらこうなっていたのだから、もう一度寝たら元に戻ったりしないかな、という希望的観測しかできない。その一縷の望みに賭けて、私はもう一度ベッドに横たわった。
「んにゃ~ぉ、うぅなーん……」
思わず口から漏れた力ない嘆きは、虚空に吸い込まれていった。
現状や今後をぐるぐると考えてしまってなかなか寝付けなかった私が浅い眠りに落ち始めた頃、部屋のドアをノックする音が聞こえた。目を覚まして時計をちらりと見やると、昼休みに入った頃合いだった。そっと頭の上を触ると、まだ耳はしっかりと生えている。この姿のままではドアを開けることができない。慌ててパーカーを着て、フードを目深にかぶる。しっぽを出したままではパンツとズボンを上げることができないので、無理やりズボンの中にしまいこむ。少し痛いけど仕方ない。
「うにゃにゃぁ~」
しまった。普通にしゃべろうとしても人の言葉が出てこないんだった。どうしようかと考えて、とりあえず机に置いていたスマホロトムを持ってドアを開ける。
「あっ、アオイ、おはよ。授業休んでたけど体調でも悪……そうだな。大丈夫け?」
ノックの主はスグリだった。私の良きライバルであり、今や友達を通り越して恋人でもある彼は、何も言わず欠席した私を心配して部屋まで来てくれたらしい。ひとりで抱えきれない事情を背負った今の私にとっては渡りに船だ。ひとまず声を出すことなく、スマホロトムのメモアプリに言葉を入力する。よかった、打ち込む言葉まではニャビーの鳴き声のようにはならないようだ。
『助けて。とりあえず部屋に入って』
「うぇ!? ひ、昼からそういうの良くないべ」
『そういうことじゃないから。本当に助けてほしいの』
「……話が見えないけど、何か困ってるんだな。分かった、アオイの力になれることさあるなら何でもする」
『ありがとう』
ベッドに腰掛けた私は、隣をぽんぽんと叩いてスグリにも座るように促す。たじろいでいる様子のスグリだったが、私が何もしゃべらないのを無言の圧だと感じたのか、私から少し間を開けて、遠慮がちに座った。
私は再度スマホロトムに言葉を打ち込み、スグリに現状を伝えた。今朝目覚めたら、猫耳としっぽが生えてしまっていたこと。しゃべろうとしてもニャビーの鳴き声のような声しか出ないこと。昨日マジカル交換で色違いのニャビーを受け取って、今朝その子が入っていたボールを見たら空になっていたこと。以上のことから、私はニャビーと合体してしまったと考えていること。
黙って私の打ち込んだ文章を見ていたスグリだったが、パーカーのフードを脱いでぴょこんと耳を見せると、「本当だ……信じられね」と小さく零した。ズボンの中に窮屈に収まっているしっぽも出したかったが、さすがにズボンとパンツがずり落ちてしまうのは少し恥ずかしい。
「にゃにゃぁ、うなぁ~ん……にゃぉ~ん」
「うわっ、本当にニャビーの鳴き声だ」
私の声に驚きながらもしばらく何か考えていた様子のスグリが、ためらいながらも重い口を開く。
「昨日マジカル交換をしたって言ってたけど、最近そこに改造したポケモンっこを流すやつが増えてるっていう話は知ってる?」
「にゃぉん?」
改造ポケモンなる存在がいることを聞いたことはあった。ポケモンたちを人間が好き勝手に改造するなんて許せなくて、そういうことをするトレーナーとは絶対に関わらないようにしようと決めていたのだけれど。確かに、どこの誰とも分からないトレーナーとポケモンを交換するマジカル交換は、そういう人との縁が生まれてしまうこともあるのだとようやく理解した。好奇心の赴くままに手を出してしまったことを悔やむけれど、もはやどうしようもない。
「俺も聞きかじった話だから詳しくはないけど……昔はなんとか団っていう犯罪組織がポケモンっこの改造や洗脳をやってたらしいんだ。でも科学が進歩してそういうことが個人でもできるようになってしまって、そうやって手を加えたポケモンっこを他人に流しておもしろがってる奴らがいるっていう話は聞いたことがある」
「ぅにゃにゃ~ん、んにゃおぉ~ん!……ぅにゃにゃ、にゃぉ~ん……」
「アオイが受け取ったニャビーは色違いでマスターボール入りだったんだろ? そんな珍しいポケモンっこは、たぶん改造された個体なんじゃないかと思う。それで今みたいになってる……とか?」
スグリの説はかなり納得がいく。十中八九、私は見知らぬ誰かにはめられたのだろう。でも、ニャビーを送り込んできた本人は私がこんなふうになることを認識できないはずなのに、どうしてこういう悪趣味なことをするのか。さっぱり分からないし、分かりたくもない。嫌悪感で身の毛がよだつ感じがして、思わず口の端から「フーッ」と威嚇するような声が漏れた。しっぽも逆立てたくて、とうとうズボンが少しずり下がるのも気にせず外に出す。
「アオイの気持ち、分かるよ。こんないたずらじゃ済まないようなことをしてくる奴は許せないよな」
そんな言葉とともに抱きしめられて、子供を泣き止ませるときのように背中をぽんぽんと叩かれる。私の言葉は通じないはずなのに、私の心を解してくれるスグリの優しさが身体にじんと沁み入る。しっぽが自分の意思とは関係なくゆらゆらとご機嫌に動く。
「どうしたら元に戻るんだべなぁ」
ぽつりとつぶやかれた言葉に反応すべく、名残惜しくもスグリから身を離して再びスマホロトムに言葉を打ち込む。
『もう一度寝てみたら元に戻るかと思ったけど、ダメだった』
「うーん、そっか……」
答えのない問いに向き合うのは気力を使う。もういっそこのままニャビーと合体したまま生きていくのもいいのかもしれない……と考えかけたそのとき、突如あるひとつのひらめきが生まれた。藁にも縋る思いで、スグリにスマホロトムを突きつける。
『おとぎ話とかだと、こういうときってキスしたら元に戻ったりしない?』
「キ、キスだべか……」
もう何度も口づけを交わしているというのに、驚いたような反応を見せるスグリがおかしくてつい笑ってしまう。スグリとゼロ距離になるまでぴったり近づいてしなだれかかれば、うー、と迷ったような声が聞こえる。
「分かった。キス、しよ」
「にゃん」
スグリの首に腕を回して軽く口づける。まだ猫耳としっぽが消えた感覚はなく、それならばとスグリの上唇を甘噛みして、口が開いたところで舌を差し込む。呼応するように舌を絡め返してくれて、なんだかだんだんと「そういうこと」をしたくもなってくる。スグリもたまらなくなったのか、私の後頭部を押さえたまま、やわらかい舌で口内をかき回す。そのまま身を委ねていたら、その手が上に移動して猫耳の付け根をすり、と撫でた。その瞬間、びりびりと痺れるような快感が全身を駆け巡って、反射的に小さく鳴き声が漏れる。
「うにゃん……!?」
がっちりとホールドされたまま、変わらず耳の付け根を撫で続けられる。深いキスで酸欠になるのも相まって、「気持ちいい」しか考えられなくなっていく。ほんのわずかに残っていた理性がこのままではまずい、と警鐘を鳴らし、猫パンチのようにスグリをポカポカと叩くと、ようやく身体が離された。
「耳、消えてないなぁ」
色欲でいっぱいのどろりとした目のスグリは完全に私の弱点をお見通しのようで、いたずらっぽい笑みを浮かべている。私はそんなスグリを睨みつけたつもりだったが、キスで気持ちよくなってしまった顔ではそれすらもうまくいかないようだった。
「物欲しそうな顔してんなぁ……もしかして発情したんか?」
「にゃ!」
言葉では反論していてもしっぽは正直で、スグリを求めるように動いてしまう。それはスグリにもバレバレのようで、私は彼のこんな言葉を素直に受け入れるほかなかった。
「キスでダメなら、その先もしてみるべ」
慣れた手つきで私の服をすべて脱がしてしまったスグリは、私に覆い被さって再び深い口づけを落としてくる。そしてそのまま両の手でやわやわと胸を揉みしだく。しっぽが潰れていることも気にならないくらいの悦びが押し寄せるが、胸の中心にある突起には一切触れられず、周りだけを刺激されて切なくなる。
「ぅなぁ……」
「ん、気持ちいいな」
キスの合間、思わず口から漏れた鳴き声の意図がはっきりと伝わらなくてもどかしい。本当に気づいていないのか、それとも気づかないふりをして私の反応を楽しんでいるのか。
たまらなくなって、自分の手で乳首に触れる。耳の付け根ほどではないけれど、確かな快感が走って、下半身からじゅんと蜜が溢れ出す感覚がする。
「へへ、アオイ、わやすけべじゃ……」
そんなに胸が好きなら、という言葉とともにスグリの顔が下に降りて、乳首をぢゅっと吸われる。温かくてざらついた舌が突起に触れる感覚が気持ちよくて、私が求めていたのはこの刺激だ、と思う。もう片方は指でぴんぴんと弾かれるようにいじられて、吸われるのを心待ちにしている。
両方の胸をねちっこく攻められている私は、されるがままになって喘ぐことしかできない。
「うにゃ~ぉ♡ ぅにゃぁ♡」
ふと、スグリが空いている方の手を私の猫耳の付け根に伸ばして、指先でとんとんとタップする。瞬間、さっき耳を触られたときと同じような怒濤の気持ちよさに襲われて、正気を保てなくなる。
(あっ、それ、だめ……♡ すぐイっちゃう……!♡♡)
両胸と耳の3点攻めを受けてそうそう耐えられるはずもなく、腰を反らせて呆気なくイってしまった。明らかにいつもより早く達してしまっている自分が今さら恥ずかしくなる。身からだらりと力が抜け、はぁはぁと浅く呼吸を繰り返す私をスグリは満足げに見つめながら、耳を触っていた手を下半身へと伸ばしていく。
「にへへ、もう濡れてる」
言うが早いか、とろけた入り口に指が差し込まれる。私はスグリの肩にしがみついて、声を上げてしまう。
「なあぁぁん♡ ぅにゃあぁん♡」
「ん、気持ち良さそう」
顔は見えないけれどスグリが笑っている気配がして、愛しさがこみ上げる。またキスが欲しくなって、手の力を緩めて少し肩を離せば、私の意を汲み取ったスグリによって唇が塞がれる。その間も下はぐちゃぐちゃに解されていて、もうすっかりスグリを受け入れる準備は整っているというのに、一向に攻めはやまない。スグリの指が私の中の弱いところを撫でた瞬間、襞がきゅうっと指を締め付けるのが分かる。
「本当にここ弱いなぁ」
「にゃぁ……ん」
私の懇願の意味を勘違いしたのか、ゆっくりとスグリの指が引き抜かれる。あまりの気持ちよさで動けなくなっている私の横で服を脱いだスグリの姿を認めて、私は力を振り絞って四つん這いになる。押さえつけられていたしっぽが解放されて、ゆるゆると揺れる。
「後ろがいいの?」
「にゃ……?」
そういえば、なんで私は今四つん這いになったんだろう。いつもだったらお互いの顔を見つめ合って、絵に描いたような恋人同士のラブラブセックスをするのが基本だ。後ろからもしたことはあるけれど、顔が見えないのがやっぱり寂しくて、あまり好みじゃなかった。それなのに、どうして?
「ぅなぁ~、ぅにゃぉん?」
疑問を考える暇も与えられず、骨張ったスグリの手によって腰を掴まれる。熱くて硬いものに入り口をぐっと押されたかと思ったら、先端がにゅるりと埋め込まれる。そのまま体内をぐいぐいと押し広げながら、奥まで一突き。膣壁がうねうねと動いてスグリ自身にまとわりつくのが分かる。
(あ……スグリの、おっき……♡ おなかのなか、あつい……♡)
ふーっ、ふーっと発情期そのものの息を上げながら、目の前にあった枕を手前に引き寄せてぎゅっと抱える。こうして何かに縋っていないと、自分が自分でいられなくなりそうな気がしてしまう。
スグリの手が、しっぽの付け根のあたりを撫でる。私はその刺激に反応して、膣をきゅんと締めてしまう。
(なに、いまの……?♡ あたま、ぽわぽわする♡♡)
「にへへ、アオイの弱点さ、またみっけた」
そこを撫でられれば撫でられるほど、膣内が締まり、だらだらと蜜を溢れさせてしまう。媚びたような甘い声が抑えられない。
「んにゃ~ぁ♡♡ にゃぁ、あぁん♡」
しっぽの付け根から与えられる気持ちよさに浸っていたら、根元までぎちぎちに埋まっていたものが、ゆっくりと引き抜かれて、また奥を突いた。外を触られているだけでこんなに気持ちいいのに、今、動かれたら。
「ぅに゛ゃぁっ♡♡♡ なあぁ♡ にゃお゛ぉん♡」
「ははっ、アオイ、めんこい……」
快感が荒波のように押し寄せて苦しさすら感じるのに、律動に合わせて自然と腰が動き、スグリをより奥へ奥へと誘ってしまう。しっぽの付け根を撫でられながら最奥を強く突かれれば、頭がちかちかする。自分の甘ったるい声すら気分を昂ぶらせるから、お尻を上げたまま枕に顔を埋めた。奥をがつがつと抉られて、このまま腹上死してしまいそう気さえする。
(もう、だめ♡ イっちゃう♡♡ イくイくイく♡♡ イき死ぬ……っ!♡♡♡)
ひときわ深く自身を奥に突き刺したままのスグリと、奥にじんわりと広がる熱で、一緒に達したのだと思い知る。しばらく私の背にもたれかかったまま荒い呼吸を繰り返していたスグリだったが、息がある程度整うと上体を起こし、硬さを失ったそれをずるりと引き抜いた。私の身体の芯はスグリのそれによって支えられていたのか、そのタイミングで力が抜けてどさっと仰向けになってしまう。スグリを見上げると目が合って、いつものへにゃりとした優しい笑みを向けられる。さっきとは違う、あやすような手つきで耳の付け根を撫でられ、私はそのまままどろみの中へ落ちていった。
目が覚めたときには、窓の外が夕焼けの色に染まっていた。横を見ればスグリもすぅすぅと安らかな寝息を立てていて、あのあと一緒に寝てしまったのだと合点する。結局丸1日休んでしまったし、スグリにも午後の授業をサボらせることになってしまって申し訳ない。授業を休んであんな放蕩の限りを尽くしたようなセックスをしてしまったなんて……と思い出そうとすると、また下半身がうずくような気がして、その考えを振り払う。スグリを起こさないようにそっとベッドから這い出て、几帳面に畳まれて置かれている服を手に取って身に着ける。
「あれ?」
つい先ほどまでしっぽが邪魔をしていたはずが、今はパンツもズボンもしっかりと腰まで上げることができる。それに今、自分の声がちゃんと人の言葉として聞こえた。頭の上を触ってみれば、そこには髪の毛があるだけだった。
「戻ったんだ……」
心の底からほっとしたけれど、だとしたらあのニャビーはどこへ行ってしまったんだろう。もう一度あの子が入っていたはずのマスターボールを見ても、そこは空のままだった。もしあの子が本当に改造されたポケモンだったのだとしたら、きっと私にはどうしようもできなかった。でも命あるポケモンが、こんなに跡形もなく姿を消してしまうなんて。あの子のことを思うと悲しくて、やりきれなくて、ボールを持ったまま涙が零れた。
「ん、いま何時……?」
「スグリ」
「わ、アオイ、戻ったんだな」
「うん、本当にありがとう」
目を覚ましたスグリが半分寝ぼけたままふにゃりと笑うも、私の泣き声交じりの言葉に驚いたのか、がばっと飛び起きた。
「え、なんで泣いてるの? 俺、やりすぎた?」
おろおろするスグリに首を振る。深呼吸をして息を整え、スグリに向き直る。
「違うの、スグリは何も悪くないの。むしろ感謝しかないよ」
「いや、俺は欲に流されただけというか……アオイのことを助けたかったのは本当だけど、俺自身がいい思いさしちまった」
「そんなの、気にしなくていいよ」
一束垂れた前髪を触って、気まずそうにするスグリに、ニャビーが入っていたマスターボールを見せる。
「ニャビーが、私の身体からあの子が消えて、本当にいなくなっちゃったのが、悲しくて」
「それは……改造されたポケモンっこの運命だったのかもしれないな」
「そんなの、あんまりだよ」
心ない人間の手によって改造されて、見ず知らずの人のところに送り込まれて。あの子は痛くなかっただろうか。怖くなかっただろうか。苦しくなかっただろうか。考えれば考えるほど、涙はとめどなく溢れてくる。
ふと、スグリの温かい手が頬に触れた。いつの間にか俯いていた顔を上げれば、優しく細められたスグリと目が合う。
「アオイはポケモンっこのこと、本当に大事に思ってるんだな」
うん、と頷くとスグリの腕に抱きしめられる。よしよし、と背中を静かに撫でられれば、だんだんと安心して、涙は徐々に引いていった。スグリはそのまま言葉を続ける。
「ニャビーのこと、アオイが忘れないでいてやれればいいと思う」
「え?」
「誰からも適当に扱われて忘れられたら悲しいけど、アオイはニャビーと一緒にいた時間は短くても、大事なポケモンっことして接してたんだろ?」
そうだ。私のところに来た瞬間から、あの子は大事な仲間になった。あの子を育てたかった。色違いでみんなをびっくりさせるだけでなく、強さでも驚かせちゃうような、そんな子になってほしかった。一緒にピクニックをして、わしゃわしゃと洗ってあげたかった。たくさんの喜怒哀楽を共有して、立ちはだかる壁も一緒に乗り越えていきたかった。
「俺も、アオイがニャビーを大事に思っていたこと、忘れないから」
私の想いを大切にしてくれるスグリが私のそばにいてくれてよかったと切に感じて、たまらず抱き返す。
「ありがとう、スグリ」
あのことも、あの子も、2人だけの秘密。