放課後、リーグ部の机でスグリと向かい合わせに座りながら、先ほど行ったバトルの感想戦をしていた。感想戦とは、終わったバトルを振り返った話し合いのようなものだ。もともとはショウギという、キタカミの里に伝わるテーブルゲームで行うものらしい。スグリは幼い頃からおじいちゃんと一緒にやってきたのだという。これをバトルにも応用することで、自分や相手のわざの選択やテラスタルをするタイミングの善悪、より良いテラスタイプなどを客観的に見直すことができ、強さに磨きをかけられるというわけだ。私は勝者も敗者も関係なく、ともに高みを目指せるこの作業が好きで、特にスグリ相手だと熱くなってしまう。

 夢中になって話していると、ふと下腹部にどろり、という感触が伝った気がして集中が途切れた。これは十中八九あいつが来てしまったサインだ。今月はまだ先じゃなかったっけ!? とにかく、今はナプキンを当てていない。カバンに入れていた予備のナプキンも、先月使ったきり補充を忘れていた気がする。誰かに借りられないかと部室を見渡すが、こういうときに限って女子部員がいない。バトルだったら窮地に立たされれば立たされるほど燃えるけれど、この窮地に対しては何もできない。スグリも急に落ち着いてしまった私に気付いたようで、怪訝そうにこちらを見ている。

「アオイ? いきなり黙ってどうしたんだべ」

「う、ううん、何でもないの。ごめん、どこまで話したか分からなくなっちゃった」

 できるだけ平静を装ったつもりだが、声が上擦ってしまった。スグリは男の子だし、あいつのことなんてきっとよく知らないだろう。ここで困らせたり心配をかけたりしてはいけない。あぁ、あいつのせいかこのピンチのせいか、なんだかお腹が痛くなってきたような気もする。

「……いーや、ここまでにしよ。なんかアオイ、調子おかしいべ」

 大丈夫け?、と問われる合間もまた血が流れ出てくる感覚がする。大丈夫大丈夫、と軽く答えて席を立ち、ちらりと椅子の座面を見ると、小さく赤い染みができてしまっていた。ということは、制服にも染みてしまっているということだ。とりあえず座面はティッシュでサッと拭いて綺麗にすればいいが、制服はどうしよう……と思っていると、いつの間にか至近距離まで迫ってきていたスグリに耳打ちされる。

「もしかして、月のもの?」

 私は藁にも縋る思いで小さくコクリと頷くと、スグリは羽織っていたパーカーをばさりと脱いで渡してきた。

「これで汚れたところさ隠せ」

 言われるがまま、パーカーを腰にゆるく巻きつける。ありがとう、と一言残して購買部へナプキンを買いに急いだ。

 道具プリンターを回しすぎてBPが枯渇していたが、なんとかナプキンを買えるくらいのBPは残っていた。このまま部屋へ戻ってパンツを穿き替えて、ナプキンを当てて……今穿いているパンツは漬け置きしておかないと染みがうまく落ちないかもしれない。それらが全部終わったら、スグリにパーカーを返しにいかないと。あぁでも、制服は1着しかないしどうしよう……。

 私は自分の周期もいまいちきちんと把握できていないし、そもそもこいつに対してだいぶ無頓着だ。だからこうして実際にピンチに陥ってからあたふたしてしまう。いっそなくなってしまえばいいのに、と思うが毎月きちんとやってくる。
 部屋につくなりスグリのパーカーをベッドに置き、トイレでパンツを穿き替える。脱いだ制服をまじまじと見ると、なかなかの大きさで染みができてしまっていた。明日も授業があるのにどうしよう。困り果てていると、部屋のドアをコンコン、とノックする音が響いた。

「アオイさーん、タロです!」

 タロ先輩が来るなんて珍しいな、と思いながら私は慌ててジャージのズボンを穿き、ドアを開けた。

「アオイさん、大丈夫ですか? リーグ部に行ったらスグリくんからアオイさんの部屋に行ってあげて、と言われまして。ただならぬ雰囲気だったから来てしまったんですけど……何かあったんですか?」

 心配そうに眉を下げるタロ先輩。今の私には女神さまに見えた。

「その、急にアレが来てしまって……制服にも染みができちゃって、困ってたんです」

「あぁ、なるほどです。私の部屋に、制服にも使える漬け置き用の洗剤があるから持ってきますね」

 ちょっと待っててください、と言い残し、タロ先輩はパタパタと小走りで部屋を出ていった。助かった、と思ったらふっと気が抜けた。それにしてもスグリにもタロ先輩にも助けられ、自分で始末すらできないのが本当に情けない。ちょっと泣きそうだ。

 数分ののち戻ってきたタロ先輩のサポートのもと、なんとか制服の漬け置きを終えた。

「この後1時間くらい漬けておいて、そのあと手洗いしてあげてくださいね」

 丁寧に教えてくれたタロ先輩にありがとうございます、と深々と礼をすると、気にする必要はないと思います! とにこやかな声が降ってきた。ブルーベリー学園に初めて来たときから思っていたけど、本当にどこまでも優しい先輩だ。

「それじゃ私はリーグ部に戻りますね。アオイさんは来ますか?」

「上もジャージに着替えたら向かいますので、先に戻っていてください」

 スグリにパーカーを返しに行かなくちゃいけない。よく考えたらカバンも部室に置きっぱなしだ。タロ先輩を見送ってから、急いで制服を脱いでジャージに着替える。そしてベッドに置き放していたパーカーを丁寧に畳んでから持ち上げると、ふわり、とスグリの匂いがした。いい匂いだな、という思考に囚われた私は、パーカーを鼻先へ近付けてすん、と匂いを嗅いでしまう。その直後、我に返ってかあっと恥ずかしくなる。私は何を考えているんだ!

 煩悩をかき消すように早足で部室に向かうと、スグリもタロ先輩も、何事もなかったかのように明るく迎え入れてくれた。私は真っ先にスグリにパーカーを返しに行く。

「スグリ、パーカーありがとう。本当に助かったよ」

「ん。よかった」

 先ほどのようにスグリの向かいの席に腰掛けながら、さっきからずっと気になっていたことを尋ねる。

「でもスグリ、何でそんなに……こういうことに詳しいの?」

「あー、ねーちゃんにいろいろ教え込まれたんだ」

 なるほど、と合点がいく。ゼイユが強めに女性特有の事情を教え込む姿は容易に想像できる。

「教えられたときは何でこんなことを、って思ってたけど、アオイの役に立てたならよかった」

 ぱっと笑うスグリに、なんだか妙にどきりとする。スグリの笑顔を見ると、心の奥で星がきらめくような心地がする。こんな気持ちになるのは初めて……ではない気がする。でもスグリ以外にこんな心地を覚えることはない。まだよく分からないけど、もしかしてこれが「好き」ってことなのかな。

 私はドキドキを隠すように、さっきの感想戦の続きをしようよ、と呼びかける。よしきた! と答えるスグリの笑顔はやっぱり眩しい。そのまま夜になるまでずっと語り明かした。

 感想戦に夢中になるあまり、制服の漬け置きをしすぎて色落ちするという再度のピンチに見舞われるとも知らずに。

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