俺は今でも好きだよ(結婚おめでとう)

 嘘をつかれたことにショックを受けていた自分が、まさか嘘をつく側に回るとは思わなかった。俺は案外、自分の心を隠すのがうまいらしい。そんなこと、知らなかった。知りたくなかった。

 今日はアオイの結婚披露宴。俺の見知らぬ男の隣に立つアオイは、悔しいけれどこの世でいちばん綺麗だった。華奢なシャンパングラスに注がれた液体ももう五杯目。また一気に呷っては、華やかな場に似つかわしくない重たい溜息をつく。鈍った舌ではほとんど味が感じられなかったけれど、アルコールはしっかり俺の身体に回っているようだった。動悸が激しくなって、視界がぐわんぐわんと揺れる。だめだ、せっかくのお祝いの場なのに潰れて迷惑をかけるわけには。

「スグリがきてくれて、うれしいな〜」

 幻聴かと思ったら、紫のカラードレスに身を包んだアオイがいつの間にか近くに立っていた。彼女も顔を真っ赤に染めていて、足取りが少しおぼつかないようだった。そうだ、アオイは酒に弱いんだった。成人してから何度か一緒に飲んだけど、俺が酔いつぶれたアオイを介抱したこともあったもんな。

「スグリと林間学校で一緒になったの、なつかしいね〜」

 アオイが当時のことを懐かしむように目を細めて、俺に耳打ちをする。

「わたし、あのときスグリのことすきだったんだ〜」

 一瞬にして酔いが覚めて、身体中の血が逆流する。喉の奥からぐぅ、と声にならない声が漏れた。なんでだよ。何を思って今、そんなことを。

「……そうだったんか。でも、告白しなくて正解だったべ」

「なんでぇ〜?」

「告白されてたらたぶんOKしちまってたから。そしたら今、あの人と幸せになれてなかったべ」

 あぁ、どうしよう。もうまともな心でここにはいられない。吐いて、泣いて、みっともなく鼻水なんかも垂らして、身体中の水分という水分をすべて出し尽くしてしまいたい。でもその前に、この言葉だけは言わなくては。

「アオイ、結婚おめでとう。幸せにな」

 そこから先のことは、よく覚えていない。気がついたら真っ暗い道をひとり歩いていた。もう、この闇夜に紛れて消えてしまいたい。そう思った次の瞬間には、膝から崩れ落ちていた。これはアルコールが回りすぎたせいだ、と自分に言い聞かせる。

「アオイ、結婚おめでとう。幸せにな」

 思ってもいないセリフを、自嘲するようにもう一度こぼす。その言葉と、引出物の入った真っ白い紙袋は、瞬く間に吐瀉物に溺れてしまった。

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