「そういえばさ、スグリくんの目の色って変だよね」
蔑むようにこんな言葉を言われたのは、七歳のときだった。発言の主は、同じ学校に通っていた同級生の女の子。よりによってその場にいたクラスのみんなが静かにしているときに言われたものだから、ほとんどの子たちにその発言を聞かれてしまった。その日から、周りの認識は「変な目の色のスグリくん」になった。
幼い頃におれが通っていたのは、キタカミの里の数少ない子供たちだけが通っている分校だった。学年も関係なく、みんなが1つのクラスに集まっていたから、今思うとかなり閉鎖的な空間だった。その中には当然ねーちゃんもいたけれど、もともとおれたち姉弟は両親がいないというだけの些細な理由で、周りから物珍しげに見られていた。良くも悪くも正直で、遠慮というものを知らない子供たちは、言葉の棘を棘と思わぬまま、おれとねーちゃんを直接それで刺してきた。ゼイユちゃんとスグリくんって親に捨てられたの、得体の知れない土地の血が入っているからそんな目の色をしてるんじゃないの、等々。
今では信じられないが、当時のねーちゃんも決して気が強くはなく、飛んでくる嘲笑めいた言葉をじっと耐えるように受け止めていた。何がきっかけなのかは分からないが、ねーちゃんが今のおれより少し幼いくらいの年齢のとき、突然覚醒したかのように、周りをぴしゃりと一喝する気の強さを見せるようになったのだ。
それからというもの、ねーちゃんのように強くなれなかったおれだけが好奇の目の標的になった。もちろん、両親がいないことと目の色以外は、周りの子供たちと一切変わりがなかった。同じ言語を話しているし、五体満足だし、少し痩せ型ではあったけれど、決してみすぼらしい見た目をしていたわけではない。それなのに、異端たる要素が少しでもあるだけで浮いた存在になってしまう。両親がいないことは自分の力ではどうにもできないけれど、せめてこの目は隠してしまおうと思って、前髪を伸ばし、できるだけ他人と関わらないことを決めた。おれの世界には、ねーちゃん、じーちゃん、ばーちゃん、そしてアップルヒルズで捕まえたオタチがいれば十分だった。
年齢を重ねて、おれはイッシュ地方のブルーベリー学園に入学することになった。先に通っていたねーちゃんが帰省したときに「あそこは両親のことも目のことも悪く言う奴はいないわ」と言っていたから、ようやくここから逃げられるのだと安堵した。キタカミの里が嫌いなわけではないが、やはりあの学校にいるといつも息苦しくて、憂鬱だった。
ほどなくして学園に入学したおれは、あまりにも閉鎖的な分校とは違う環境に息を呑んだ。いろんな地方から集まってきた生徒たちが、おのおのを尊重し合っている。ねーちゃんの言う通り、おれたちを爪弾きにするような生徒はひとりもいなかった。おれはようやく、前髪を顔の中心に集めるようにして、目を見せられるようになった。ねーちゃんもいつしか「スグのヘアスタイル、悪くないじゃない」と同じような前髪にしていたのがおかしかった。前髪を切らなかったのは、キタカミの里に帰ったときのためだ。実際、入学してすぐに林間学校とやらで再び里に舞い戻ることになったから、この判断は正しかったと言える。
林間学校で出会ったのは、里の子供たちと同じような茶色の――でもそこに秘めたる意志は誰よりも強いような――瞳を持った、アオイという女の子だった。彼女もまたおれの目の色を変だと思うのかな、と考えると思わず目を隠したくなったけれど、初対面の人にそれは失礼だと思い直して、この林間学校の間は目を隠さないようにしようと決めた。
アオイはポケモンバトルがわや強くて、行動的で、奇妙な瞳をしているはずのおれにも優しい、天使のような子だった。そんな彼女におれも何か応えたくて、里の名物であるオモテ祭りに誘った。かつてのクラスメイトたちに鉢合わせる可能性はあったが、そのときはお面を被ってやり過ごしてしまえばいい。
アオイはおれが思っていた以上にお祭りを楽しんでくれているようだった。それがなんだか嬉しくて、彼女が初めて見たというりんご飴を2本買って、1本を差し出した。縁石に腰掛けながら、ともにりんご飴をかじる。おいしいね、と声を上げる彼女の顔が妙に近いことを急に意識してしまって、どぎまぎしてしまう。
「そういえばさ、スグリの目の色って綺麗だよね」
突然のアオイの言葉に、咄嗟にうまく答えられなくて「わや!?」と変な声を上げてしまった。アオイはなんてことない顔で、りんご飴をシャクシャクとかじりながら続ける。
「琥珀色、って言うのかな。珍しい色でうらやましいな。それに、このりんご飴みたいに煌めいててとっても素敵」
綺麗、素敵、とアオイに言われた言葉を反芻してその意味を解したとき、昔の記憶の扉も一緒に開いてしまって、目にじんわりと涙が浮かぶのを感じた。それに気付いたアオイが慌てたように謝る。
「もしかして目のこと言われるの、嫌だった? ごめんなさい!」
「違う……そうじゃねんだ」
おれはぽつりぽつりと過去のあらましを話した。目の色が原因で周りから浮いていたこと。それを隠すために前髪を伸ばし始めたこと。初対面のアオイに目を隠すのは失礼だと思って、今は勇気を出して目を見せるようにしていること。ひと通り話し終わってアオイを見ると、その瞳は俺と同じように潤んでいた。
「なしてアオイが泣くの」
「だってスグリがそんな理不尽な仕打ちにずっと耐えてきて、それなのに今がんばって目を見せるようにしてくれているのが、感動したし、嬉しくて」
アオイはえへへ、と人差し指で目元を拭い、またりんご飴をひとくちかじる。出店やちょうちんの光を反射してつやつやと煌めくそれのようだと言われた瞳で、まばたきもせずにじっとアオイを見つめる。こんなことで簡単に恋に落ちるなんて、我ながらちょろいな、と心の中で自嘲する。
「話してくれて、ありがとね」
力強い煌めきを宿したアオイの瞳と視線がかち合う。彼女から見たおれの瞳も、同じような光を秘めていることを願った。
おれはいつの間にか小さくなっていたりんご飴の最後の一口を、その煌めきまでも飲み込んでしまう妄想をしながら嚥下した。